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 私たちの心は、現前の事実を受け入れることが出来ず、自ら大変な苦境に立ってしまうことがあります。残念ながら、目前に展開する現実に、いつも心の方がついていけるとは限りません。具体的に、身近な人の死もまた、その様な範疇に入るのでありましょう。

 大切な人との別れという現実の中で、日本人が多年にわたって育み、積み重ねてきた、様々な様式の永訣の作法。宗旨や宗派、また地域によって、当然異同もあるわけですが、そうした伝統的な作法が、少子化を始めとする社会構造の急激な変化により、地域社会からいよいよ姿を消そうとしています。何事にも「不易」と「流行」の両面があって、「流行」の面からいえば、いらざる余分な部分を削除していくことは、他面「不易」の部分の再確認につながり、まことに健常な日常生活のあり方で、何の問題もありません。けれども、その永訣の作法に関する「不易」の部分を我々僧侶がそれぞれの宗旨を踏まえ、しっかり自分のものにした上で、さらに周辺に発信していくという作業をおろそかにしてきたのではないか。自省をこめて痛感することしきりです。

 葬儀の小規模化が進み、多種多様な葬儀が営まれるようになりました。誤解の無きように付け加えますが、当寺が、その情勢を否定的に捉えているわけではありません。

そこで、この機会に、宗門(曹洞宗)の先徳方が伝えてきた葬祭儀礼の在り方をもう一度、自分なりに再確認いたしたいと思います。そうはいっても、これは何か成果をあげようとするような企てではなく、あくまでも自己点検の報告書といった態のものであります。定期的に発信することもかないませんが、どうかよろしかったら、お付き合い下さい。

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