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「先生」と呼ばないで
僧侶の雄道です、こんにちは。 世の中には、沢山の「先生」と呼ばれる方がおられます。 まずは、学校の先生ですね。 それから、お医者さん、弁護士さんが浮かびます。 または作家さんや、画家さんといった芸術方面の方もおられますし、 身近だと、習い事の講師さん達をそれぞれ「先生」と呼ぶでしょうか。 私自身も、「先生」とお呼びし、 敬愛の意を示すお方、何名かと巡り会っておりますが、 とても幸せな事だと感じております。 ただ、困ったことに我々僧侶も「先生」と呼ばれることがあるのです。 江戸時代の川柳に、 先生と 呼ばれるほどの 馬鹿でなし というものがあります。 現代でも、サラリーマン川柳というものがありますが、 そもそも「川柳」とは、 社会の矛盾をユーモアを交えながら皮肉ったりするものです。 「先生」と呼ばれて、多くの方から親しまれた御仁がおられる。 一方で、江戸の世でも、 『「先生」と呼んでおけば、あいつはゴキゲンだから」と、 裏で小馬鹿にされる存在が沢山あったのでしょう。 ですから私も、 何かの拍子に、「先生」なんて呼ばれたりしますと、 背筋がゾクッとす

住職
6月1日読了時間: 3分


坊さんの心構え
僧侶の雄道です、こんにちは。 修行時代に先輩から、 「坊さんとは常にすがすがしくあるもんだ。その第一歩として、 あなたの行く場所を、あなたが訪れる前よりも、きれいになる様に心掛けなさい。」 と教わりました。 これは今でも心掛けている事です。 坐禅をしたり、 お経を読んだり、 お葬儀の導き手を担ったり、 と、坊さんとしてのお務めは沢山あります。 お塔婆を書いたり、 仏教の勉強をしたり、 皆さんの前でお話をしたり、 といったことも重要。 建物の管理をしたり、 税金を計算し、支払ったり、 帳簿をつけ、決算をしたり、 電話や対面でお客さんの相談を受けたり、 ブログを書いたり、 自分のパンツを洗って干したり、と様々です。 お経やお葬儀などは、お坊さんらしい独特な行為でしょうが、 それ以外は、僧侶でなくとも行う、一般的な生活の営みでしょう。 現代では、頭の毛を剃ってる事位でしか、 僧侶と僧侶でない人との区別が付かなくなってしまう事がある様に思います。 「それでは駄目だよ!」 というのが、先にご紹介した、先輩の教えなのでしょう。 身の回りをきれいに整え、清らか

住職
5月1日読了時間: 2分


天使と悪魔、それから仏さん
和尚の雄道です、こんにちは。 よく映画等で、その登場人物の頭の中に、天使と悪魔が出てきて、 その人間の心の葛藤を描くことがあります。 例えば、ダイエットをがんばっている真っ最中、ある日喫茶店に入ると、 目の前には美味しそうな、しかし甘ーい、脂をしっかり含んだドーナツがズラリ。 とたんに頭の中で悪魔が現れ、 「旨そうな、ドーナツじゃねえか、苦いコーヒー片手にあれを口に頬張ってみろよ! サイコーだぜ!なぁ喰っちまえよ!」 と、そそのかしてくるかと思うと、 今度は天使が現れ、 「やめるのです。ここまで懸命に我慢し、ダイエットを続けてきたではないですか。 ブラックコーヒーを頼むだけにしておきなさい。」と即座に反論。 すると悪魔が、「何言ってんだよ、これから先、一切旨い物喰わねえつもりか! 短い人生、そんなんでいいのかよ!一個と言わず、2、3個喰っちまえよ!」 そしてまた天使が、「悪魔に負けてはいけません。」と抵抗するのですが、 頭の中の悪魔の口数は豊富なのに対して、天使は「やめろ」としか言わない。 欲望を受け入れる言い訳は沢山作れますが、...

住職
4月1日読了時間: 2分


変わるもの 変わらぬもの
和尚の雄道です、こんにちは。 突然ですが、 「消耗品」 ↑これを何と読みますでしょうか? 答えは「ショウモウヒン」ですよね? 正解です! しかしどうやら、本来「ショウコウヒン」と読むのだそうです。 「耗」の字に「毛 (モウ) 」が使われていて、 「ショウモウヒン」という風に、 昔から読み間違えをする人が多かったらしいです。 その様な読み間違いを「百姓読み」と呼んで、 学問が無い等と言い、江戸期の知識人は馬鹿にしていたのだとか。 なんか感じ悪いですね。 しかし実際問題、間違った読み方をする人が、あまりにも多く、 正しく読む人があまりにも少なかった様で、 『じゃあ、もういっその事「ショウモウヒン」でいきやしょう!』 となったみたいです。 いろんな辞書を引いても、現代では、「ショウモウヒン」で掲載し、 末尾に『本来は「ショウコウヒン」と読む』と註が入っております。 パソコンで「ショウコウヒン」とタイプしても「消耗品」は出てきません。 時代を超えて「百姓読み」の勝利です。 「言葉」って、時代と共に柔軟に移り変わっていくものなんですね。 そんな移り変わりを

住職
3月1日読了時間: 3分


短歌を味わう
ばあちゃんの 骨のつまみ方 燃やし方 YouTuber(ユーチューバー)に 教えてもらう 上坂あゆみ『老人ホームで死ぬほどモテたい(新鋭短歌シリーズ)』 書肆侃侃房 和尚の雄道です、こんにちは。 最近読んだ、歌集にあった短歌です。 短歌は、5、7、5、7、7。 合計31文字で表す歌ですが、文字が少ない分、説明も少ない。 しかし、少ない文字数だからこそ、 「つまりこういう事なのか?いやいや、ああいう事かもしれないぞ」という様に、 自由な味わい方が許される世界だと思っています。 歌い手からすると 「あたしこんな事考えて歌ってねぇよ!」 と思われても、味わい方は自由なはずです。 ところで、私も頻繁にユーチューブのお世話になってます。 毎年毎年、12月に必ず年末調整をするわけですが、毎度毎度やり方を忘れます。 この頭の中の味噌の少なさにうんざりしながらも、ユーチューバーに教わっております。 けれど、年末調整を教わる事と、 お骨のつまみ方を教わる事では、 似ている様で、どこか違う気がするのです。 あくまで私の願望だけれども

住職
2月1日読了時間: 2分


歳神様をお迎えしましょう。
無事に年を越すことができました、 今年もよろしくお願い申し上げます、住職の雄道です。 年の瀬、私の住職としての最後のお仕事は、 一月一日の元旦、お寺にお参りに来られた方にお渡しする、 歳神様(としがみさま)のお札づくり。 上記に載せたものが、そのお札です。 なんと書いてあるでしょうか? 書の腕前に問題もありますが、まぁ読みづらいですよね。 私も初見では読めませんでした。 正解は、「年徳大善神」。 『「年」の字どこ?』 と思われるでしょうが、下記の様にぐるりと丸まっております。 年 ↓ 『一年365日が「日天子」=「太陽」「月天子」=「月」に護られながら円満に巡る様に。』 という祈りが込められているのかな? と勝手に思っております。 「徳」の字もまた、昔の書き方で、読みづらいですね。 「大善神」は辛うじて、判読できるでしょうか? 「歳神様」=「年徳大善神」は運気を司り、福を呼び込む女神様と言われております。 今年の恵方(えほう)は南南東。 その南南東から来られる歳神様をお迎えする目印が、松飾りや門松、しめ縄であり、 お供え物が鏡餅となります。 福の

住職
1月1日読了時間: 2分


妖怪はおもしろい
和尚の雄道です、こんにちは。 「妖怪」 ご存じですよね? 「妖」=「怪」=「あやしい」 ですので、人間の、「あれは何だろう?」という、 ものを「あやしむ」気持ちが形になって表れたのが「妖怪」だと思っております。 私は、幼い時から水木しげる先生の『ゲゲゲの鬼太郎』が大好きだったし、 水木先生の文庫版の妖怪画集もよく読んでおりました。 作品の中には、沢山の妖怪たちが出てきて、 それぞれが実に人間臭く描かれている。 優しい妖怪もいれば、 凶悪な妖怪もいる。 しかし、けち臭かったり、 お人よしだったり、 随分と間抜けな奴もいる。 日がな一日、寝っ転がりながら、眺めていても全然飽きることはなかった。 アマビエ そんな沢山の妖怪の中で、「アマビエ」という妖怪がいる。 江戸時代、熊本で出くわした人がいるらしい。 「病気が流行ったら、私の写し絵を早々に人々に見せよ。」 と言って海に帰ってしまったそうだ。 その後、江戸などの大都市で風邪が流行れば、 瓦版(昔の新聞)などで、アマビエが刷られ飛ぶように売れたとの事だ。 もちろん瓦版はタダではない。 一枚100円程度ら

住職
2025年12月1日読了時間: 2分


いろいろ冬めいて参りました
和尚の雄道です、こんにちは。 今年も秋が短い様で、 辺りの山々、吹く風や雨、そして空気がすっかり冬めいて参りました。 春には青々としていた葉も、枯れて落ち、 掃き掃除に追われております。 さて先日、午後のおやつ時、 妻と一緒にお茶を飲んでおりますと、 何だかしきりに、こちらを見ながら、首を傾げるのです。 「どうしたの?」 と聞いてみると、 「何かに似ている。。。」との返事。 「有名人の誰々に似ているね。」と言われることも、最近無いので、 「何々?誰に似てるの?」 と聞きますと、 皿に置いてある栗饅頭 (くりまんじゅう)を手に取り、 「これだ!」と手に掲げる妻。 人類か、せいぜい哺乳類の名が告げられると思っていた私は、 面食らいながらも、 「失礼しちゃう!」と抗議いたしますと、 無言で、栗饅頭と手鏡を渡されました。 同時に鏡を除く、饅頭と私。 「確かに似ている。。。」 栗饅頭の頭部には卵黄が塗られており、 それに熱を加え焼きあげる事で、より濃い茶色となり、 香ばしくおいしそうな見た目となるわけですが、 その焼き目の感じが私の頭と実によく似ている。.

住職
2025年11月1日読了時間: 3分


永平寺に行ってきました
お彼岸に入るあたりから、グググっと気温が下がった。 それまでは熱帯夜が続き、タオルケット一枚で寝ていたのが、 朝方、あまりにも寒くて、押し入れの掛け布団を取り出そうとした。 寝ぼけ眼で、積んである布団の山の下の方から、 掛け布団を力任せに引っ張り出したので、...

住職
2025年10月1日読了時間: 3分


お風呂大好き
和尚の雄道です、こんにちは。 最近生まれた言葉で「風呂キャンセル界隈(かいわい)」というものがある。 「風呂キャン」とも略されるそれは、 風呂に入るのを面倒に感じ、意図的に風呂に入らない人々の事で、 特に若い世代に多い様です。 風呂好きである私からすると、...

住職
2025年9月1日読了時間: 2分


お互いに、全うしよう
和尚の雄道です、こんにちは。 私が初めて修行していたお寺は、 毎年100人以上の修行僧が入門を志して全国各地から集まってくる修行場だった。 私が行った時も、140人以上の同期がいて、 140人がそれぞれ入門を許されると、 お寺の様々な部署に、散り散りに配属され、...

住職
2025年8月1日読了時間: 3分


鳥たちよ
住職の雄道です、こんにちは。 六月の内から、驚く程あっという間に気温が上がった。 我々人間がその暑さに ゼェハァ ゼェハァ 言っている一方で、 動植物は元気いっぱいです。 さて、下の写真は、泉龍寺のポストだが、 そのポストが毎朝、蓋を開けると下の写真の様な状態になっている。...

住職
2025年7月1日読了時間: 3分


お焚き上げの品々
住職の雄道です、こんにちは。 お寺では、お檀家さんから届く古くなったお札、お塔婆、ご先祖さんの写真、 お位牌、仏像など、様々な物が届けられ、お寺の前の畑でお焚き上げをします。 去年の冬にも、お檀家さんの墓地にある塔婆を集め、 お経を挙げ、香をくべ、お焚き上げをいたしました。...

住職
2025年6月1日読了時間: 3分


ついに行く道
つひにゆく 道とはかねて 聞きしかど 昨日今日とは 思はざりしを という歌がある。 「最期には行く道だと聞いてはいたが、それが昨日や今日とは思わなかった。」 と言った様な意味になるでしょうかね? 日本史上、一二を争う超絶イケメンとして...

住職
2025年5月1日読了時間: 4分


花粉の思い出
和尚の雄道です、こんにちは。 寒いと思えば、いきなりの夏日、 かと思えば雪が降りと、不思議な天気ですね。 最近、花粉が沢山まっております。 寺院周辺にはスギやヒノキが植えられることが多いようです。 私が修行中にお世話になったお寺も、まさにそう通りで、...

住職
2025年4月1日読了時間: 3分


通り道
和尚の雄道です、こんにちは。 先日コンビニで、レジに並んでおりました時の事。 最近増えたセルフレジではなく、店員さんが対応される対人型のレジでした。 列の先頭は、年かさのおじいさん。 手先がおぼつかず、見えづらい小銭を一枚ずつ取り出しますと、 どうしても時間が掛かりますが、...

住職
2025年3月1日読了時間: 3分


苦く、臭い思い出
和尚の雄道です、こんにちは。 先日、修行先での先輩に久しぶりにお会いする機会があり、 色々と懐かしい思い出話に花が咲きました。 その中で、 「お前一年目の時、よく隠れてタバコ吸ってたよな? 俺はお前を指導する立場だったし、お前が吸ってるの知ってたけど、...

住職
2025年2月1日読了時間: 2分


今年もよろしくお願いいたします
無事新年を迎えました。 本年もよろしくお願い申し上げます。 さて、私には一つ願いがありまして、 それは、一月一日の元旦に、 神社へ初詣のお参りにいきたいという事。 お寺で生まれ、お寺で育った私。 テレビで多くの人がお参りする姿を観て、...

住職
2025年1月1日読了時間: 1分


良いご返事
ここ数日でめっきり冷え込み、 「暖冬じゃないのかい!」と一人寒空に叫ぶ僧侶、雄道です、こんにちは。 仏教はインドで生まれ、中国に伝わり、日本へ渡ってきました。 ですから仏様の教えとされるお経も、昔のインドの言葉(サンスクリット語)、中国語、日本語のお経が日本では多く流通して...

住職
2024年12月1日読了時間: 3分


あなたならどうする?
和尚の雄道です、こんにちは。 ある日の夕方、新幹線での帰り道。 私は窓側の席。 隣に小学校低学年程の男の子、その隣はお母さん。 平日でもほぼ満員の車内は、気だるくも穏やかな雰囲気でした。 私は、ぼぉ~っと、窓から流れる景色を観てました。...

住職
2024年11月1日読了時間: 3分
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