続 続 椅子に坐ろう 坐禅の意味

住職の雄道です、こんにちは。
前回に引き続き、坐禅についてお話いたします。
よく聞かれる質問ですが、
「坐禅をして、何の意味があるの?」
というものです。
昭和生まれの私は、学校で、
「しっかり勉強して、いい大学に入りましょう、
そして、いい職業に就いて、いい人生を歩みましょう。」
という様な価値観に随分と影響を受けて生きてきました。
将来の為に、今これをやる。
毎日毎日、将来の目標の為に過ごし、
日々階段を上る様にステップアップし、上へ上へと成長を図る生き方。
別にその生き方を否定するつもりはありませんし、
人生の中で、自分にとって価値のあるものを、自ら決めて、
それを目指す事は、素敵な事だと思います。
しかし、「意味」を求めすぎて、
いつも「意味」にとらわれてしまっているのも我々人間です。
その点、「坐禅」は「万事を休息するもの。」
「意味を見出す事」もお休みします。
「体の力み」をお休みし、リラックス。
「頭で考える事」もお休みし、
お休みすると死んでしまう「呼吸」だけは休まないのが坐禅です。
当たり前の事ですが、
どんなにリラックスしても、
頭で考えることを休んでも、
体の臓器は、懸命に活動を続けます。
肺は空気の出し入れを、
心臓は、体中に血液を巡らし、
食道、胃、小腸、大腸は消化活動に努めて、
頭が休んでいても、働き続ける。
自分の意志で生きている様に感じているかもしれませんが、
実際は、自身の意志などお構いなしに、体に生かされている事を思い知らされますし、
「あれこれ考え、悩んだりしなくても、生きているものなんだなぁ。
逆に、頭を使って思い悩んで必死に幸せを求めずとも、
これ、このままで充分なのかもしれないなぁ。」
と不思議な納得感があったりします。
しかし、その様な事を考えている内はまだまだ頭を休めていない証拠で、
更にそこからお休みしていくのが坐禅。
まぁ口で言うより、実際に行っていただくのが一番。
5分でも、10分でも構いません。
ぜひ椅子に坐ってみましょう。
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