スミレの花
- 住職

- 2020年5月24日
- 読了時間: 2分
更新日:2020年9月14日

若和尚の雄道です。
歴史上の人物がその最期の時を迎え、多種多様な言葉を残されております。
勝海舟は、
「これでおしまい。」
漫画家の手塚治虫さんは、
「隣の部屋に行くんだ! 仕事をする、仕事をさせてくれ!」
一休宗純禅師(有名な一休さん)は、
「死にとうない。」
映画『太陽にほえろ』のジーパン警部は
「何じゃこりゃー!」
他にも多くの方によって、たくさんの言葉が、遺されておりますが、
それぞれに味わいがあるものです。
この様な言葉を遺された方がおられます。
まだ、したいことはいっぱいあるから死にたくない。
しかし、
しょせんだめだろうなあ。
あしたの朝には命はないなあ。
計算ちごた。
なんとも飄々としていて悲壮感とは程遠く、可笑しみさえあるのが印象的です。
「しかし、」以降の思い切り方は清々しくすら感じられます。
岡先生は、多変数解析函数論において世界中の数学者が挫折した「三つの大問題」を一人ですべて解決した、いわゆる天才です。
残念ながら、その研究の内容は、私にはちんぷんかんぷんですが、エッセイストとしても優れておられて、何冊かの著書があり、今でもその境涯に触れることが出来ます。
その中の『春宵十話』という本の「はしがき」に、私の好きな一節がありますので、紹介させて頂きます。
私は数学なんかをして人類にどういう利益があるのだと問う人に対しては、
スミレはただスミレのように咲けばよいのであって、
そのことが春の野にどのような影響があろうとなかろうと、
スミレのあずかり知らないことだと答えて来た。
私についていえば、
ただ数学を学ぶ喜びを食べて生きているだけである。
『春宵十話』 岡潔 光文社 2006年
世の中で自分という存在には、どのような価値があるのか。
これまでに自分がやってきたことは何だったのか。
今やっていることに、どのような意味があるのか。
生きていると、自分や人生の価値について色々な疑問を感じたり、不安を覚えることもあるかと思います。
そんな時、私はこの言葉を思い、力を貰います。
「価値」や「意味」にとらわれることよりも、スミレとして、花開くよう只々努めようと気持ちが切り替わるのです。
スミレは、非常に短命ですが、ガードレールの根本や、アスファルトの割れ目に入り込んで育つ、強健な面も兼ね備えております。
いやいや、「短命」や「強健」とはこちらが勝手に言っていることでした。
「短命」であろうと「強健」であろうと、
スミレはただスミレのように咲けばよいのでしょう。

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