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​総回向無事圓成の御礼

 

謹啓 先日、秋の彼岸会の第一日に、お檀家、あるいはご信徒の皆さんのお家の、先亡の方々へのご供養の法要(総回向)が営まれ、近隣檀家のご焼香と共に、初中後、恙なく全うすることが出来ました。すでにお亡くなりになられた方々は無論ですが、信仰の面からいえば、今日只今、現役活動中の我々自身や、また次代を担う我等が子々孫々までも含め、総てにご供養申し上げようという意味での総回向でもあります。信仰などというと、仰々しく受け取られるかもしれませんが、従来、毎年の決まった行持として、泉龍寺も総回向を勤めてまいりました。住職の側からすれば、それが檀信徒の皆さんへの、日頃のご支援に対するご恩報じでもあります。そして、その印しとして、「塔を立てる」という慣わしがあります。当然、「塔を立てる」ことは、「志を新たにする」ことに繋がり、生命の新たな息吹の中で、今日只今の自己を中核に過去と未来がひとつになって光輝く訳です。ということで、これを禅門では「日々是れ好日」と言い慣わしておりますが、もっと簡単に言えば新陳代謝ということになります。ちょうど本年が四年に一度の塔婆の回収と、「お焚き上げ」の歳となっております。近隣の檀徒の方々には総代さんを介し、遠隔地でご在住の皆さんには、こうして書面を通じてご案内させて頂きますが、泉龍寺前庭の南端に下記の期間中のみ、塔婆お焚き上げの為の仮の置き場所を設定いたしておりますので、適時搬入下さいますようご案内申し上げます。遠隔地ご在住の皆さんは、基本的にご連絡のない限りは、住職と総代三役がそれぞれの墓所より撤収の奉仕活動をいたします。前庭当該場所への搬入期間は十一月十六日~同月三十日までとし、十二月一日、二十数名の地元総代さん方と共に「お焚き上げ」を勤める予定であります。数は千数百本程度になりましょうか。 






  さて、今期の「総回向」が、迂生最後の総回向出仕となりました。次回の一年後は若和尚の奉仕となります。よって、迂生最後の恒規のお勤めは明春の大般若会が最後となります。これまで春秋二期の法要では、その前後に、たとえ十分でも十五分でもご挨拶を兼ねて、ご参会の皆さんにお話しをさせて頂いて参りましたが、それも残す所、あと一回ということになりました。お檀家の皆さんへ、住職が本音を語ることの出来る唯一無二の機会でありますから、文字にすることの適わぬ、ずいぶん際どいお話も申し上げて参りました。よって記録は全く残してありません。思い出すまま、四半世紀前に申しておりました比較的穏当なものを一つだけ紹介申し上げますと、「仏教にも色々ある。」「禅ばかりが仏教とは思わない。」「仏教は複数形であって単数形ではない。」といった様なことを口走っていた様に思います。その頃、公然とは曹洞宗寺院の住職として発言出来かねる様な内容でありました。それが今日、チベット仏教、南方上座部の仏教といった様な教えを、それぞれ具現しているような生きた人物が私達の身近に存在する。そして、若い世代を引き付けるだけの魅力をその人達が充分に備えているという現状です。これは、迂生に先見の明があったというのではなく、首都圏から程々に距離を置く、山梨北辺という立ち位置が、たまたまそう言わせてくれたという訳でが、ともあれ、この不思議なご縁に導かれてほぼ三十年間、泉龍寺住持人のお役をお勤めさせて頂いて参りましたこと、檀信徒お一人お一人に対し、改めて篤く御礼深謝申し上げまして、令和の秋のご挨拶とさせて頂きます。             謹言


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