top of page

片棒を担ぐ



若住職の雄道です、こんにちは。


「片棒(かたぼう)」という落語があります。


赤螺屋 吝兵衛 ( あかにしや けちべえ ) という、落語の世界でよく出てくる典型的ケチ人間が主人公です。


今でいう大きな会社の社長であるけちべえさん。

会社の後釜を決めかねて、自分の葬式をどの様に取り仕切るのかと三人の息子たち各々に聞き、ふさわしい意見を出した者に、家督を譲ろうと考えます。


長男、金太郎はひたすら豪華に、湯水のごとくにお金を使ったの葬儀。

あまりの浪費ぶりにけちべえさん、思わず気が遠くなります。


次男、銀次郎は、神輿を出したり、獅子舞が舞ったり、お祭りの様な華やかな葬儀。

自分の葬儀を楽しみにしているかの様な次男の態度にけちべえさん腹が立ちます。


三男、鉄三 ( てつぞう ) は、ひたすら無駄を省いた葬儀。

棺桶を買うのはもったいないので漬物用のタルで代用。

焼き場へのタルの担ぎ手を雇うのはもったいないので、鉄三自ら棺桶を担ぐつもりですが、

一緒に担ぐ人間がいないのをどうしようか悩んでおります。

三男のプランが気に入ったけちべえさん、

「心配するな、おとっつぁんが片棒を担いでやるから。」

といって、話しの落ちとなります。


長男に金、次男に銀、三男に鉄の文字。

大切にちやほやされて育てられた長男坊。

少しの違いで、長男と扱いが大きく違い、親に反抗的な次男坊。

初めから、家を出ること、養子に行くことを覚悟し、地に足がついて堅実な三男坊。


現代とは違って、兄弟間でも明白にその待遇に格差があったんですね。


ところで、お葬儀を荷う僧侶として思いますのは、お葬式に対する考え方は、実に人それぞれという事。

近年では、地域単位ではなく、家族単位で執り行う様式が増えて参りましたので、

「こうでなければいけない」

という決まり事は以前ほどやかましく言われなくなったことが、多様性に拍車をかけております。


縁起が悪いと感じるかもわかりません。

しかし、自らの死について考え、その終着点を意識することは、

今ある命を全うしようという決意に繋がります。


ご自分の棺をご自分では荷えません。

お力添えは、その命あるうちに是非お願い申し上げております。




Comments


bottom of page