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歳末のご挨拶

 謹啓 いよいよ、泉龍寺山内にも歳晩の風が吹いて、何やらにわかに身辺が慌ただしくなってまいりました。  貴家皆々様にも、おかわりなく日々ご活躍のおん事と拝します。  先日十一月末には、三役(総代長、会計、庶務)お三方と若和尚の加勢を得て、三台の軽トラに分乗して、近隣の共同墓地を巡ってまいりました。地域二十五組の地区総代さん方にまとめていただいた檀信徒各家のお塔婆と、首都圏、或いは甲府盆地にご在住の皆さんのお塔婆と、四年分を併せれば千三百本以上にもなるでしょうか。本年は十二月一日が、恒例の清掃奉仕活動の日に当たりましたので、塔婆を境内の一角にうず高く積み上げて、読経の中、恙なく「お焚き上げ」を遂行することができました。檀中それぞれのお立場からのご協力、ありがたく深謝申し上げます。   ところで、日本列島、本年もまた大小様々な規模の自然災害が発生、今日なお避難所暮らしを余儀なくされておられる方々が、数百という単位で大勢いらっしゃる由、師走の寒天の下、何とも言葉に窮するばかりです。さて、そうした我が邦の直面する窮状から眼を転ずるようなことで、お叱りを受けるかもしれませんが、この秋、たまたま耳にして心弾んだお話を一つ誌して、令和元年最後のご挨拶と致します。  かねてお年忌などのお話しの折に、小生、お墓参りの功用について触れることがあり、「インドの国にはもともとお墓というものがない。また、先祖代々の位牌なども、元来が中国漢民族固有の生活様式から発生をみたもので、お墓やお位牌を必要とせぬ生命観を、インド民族は長きにわたり育んできた訳です。では、そうした仏陀の教えの背景にあるインドの生命観に反して、なぜに日本人が各自に墓所を設けて、また、その墓参という習俗を創りあげたか。それはやはり、仏教東漸の中で中国漢民族の生活様式を積極的に取り入れたからだ、といって良いと思います。自家固有の血を守り、更には自分の代だけではない、子々孫々に渉って、その血を守り継いでいって貰いたい、というような漢民族の社会本能から、ことは始まっているような気がいたします。ですから、年端もいかぬうちから、折につけて父母の手に引かれて子供たちが詣塔する。また、幼いいとこ同士が父母や祖父母と共に、先祖の眠る墳墓の地に打ち揃って立ち、さて無事お詣りがすめば、必ず参加者一同でお齊(おとき)の坐に趣く。そこには普段は眼にすることもないような豪華なご馳走が待っていて、いとこ同士が賑々しくサプライズの一刻を満喫できるという訳です。こうして幼い子供同士が過ごす共同の時間が、どれほど豊かに子供達の心を陶治するものか、測り知れぬものがあるでありましょう。そして、これは従来、親がわが子にしてやれる先行投資の一つでもありました。」というようなことで、お話しは一区切りとなるのですが、先般たまたま、東京在住のお檀家の奥様から次のようなお話しを伺って、あらためて大いに感じ入った次第であります。「亡くなった主人の七回忌には、息子や娘の一家と揃ってお墓参りをし、その後席は少々奮発して帝国ホテルまで出向き、一同、それは楽しい睦みの一刻を過ごしました。私自身にとっても大きなサプライズの日になりました。」と。   改めてここに、平素頂戴いたしておりますご支援に対しておん礼鳴謝申し上げますと共に、魔障なく三朝の瑞気をお迎えいただきますよう念じあげております。      謹言

   

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