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棚経の思い出(下)

更新日:2020年12月15日



(前回の続き)


しばし時が経ち、外は静かになり、汗をびっしょりかいて住職さんが戻ってこられました。


玄関で一息ついて、おばあさんに出されたお茶を飲みながら、

「しっかりときつく叱って、もう二度と戻ってこないと約束させたから心配ない。安心してくれ。」と笑顔で伝えられ、おばあさんも、「良かったよ、本当に安心した。ありがとうね。」

と涙ながらに喜んでおられました。


おばあさんの家を後にして、和尚さんに

「大丈夫だったんですか。警察に話さなくてよろしいんですか。」

と伺うと、

「いや、警察には、おばあさんからさんざん言っているんだよ。でも、警察ではどうしようもないんだよ。そもそも隣の家には男の人なんていない。今日だって、隣に行っても、閉め切りになっていて中には入れなかった。ご主人と息子さんをだいぶ前に亡くされてから、時々今回みたいなことがある。近所の人も、警察でも、取り合ってくれない。だからお寺を頼りにしてくるんだな。だからそういう時は、これでもかって位に、おばさんの望むとおりにしてやるんだよ。」


お隣の男性とはおばあさんが作り出した幻だったのです。


予想外の返答に、開いた口がふさがりませんでした。

同時に、私は「こんなお方がおられるのか。」とすっかり恐れ入ってしまいました。


一般的な事実と、おばあさんにとっての事実。

住職さんにとって、「正しさ」など、全く問題ではなかったのでしょう。

住職さんの中にあったのは、おばあさんを労わり、大切にすること、ただそれだけだったのです。


私はこの時、「嘘も方便」などという言葉では、言い尽くせない、僧侶としての凄みに触れさせて頂きました。


僧侶としての道を志す私にとってずっと、目指したい頂きとなっております。



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