(前回の続き)
しばし時が経ち、外は静かになり、汗をびっしょりかいて住職さんが戻ってこられました。
玄関で一息ついて、おばあさんに出されたお茶を飲みながら、
「しっかりときつく叱って、もう二度と戻ってこないと約束させたから心配ない。安心してくれ。」と笑顔で伝えられ、おばあさんも、「良かったよ、本当に安心した。ありがとうね。」
と涙ながらに喜んでおられました。
おばあさんの家を後にして、和尚さんに
「大丈夫だったんですか。警察に話さなくてよろしいんですか。」
と伺うと、
「いや、警察には、おばあさんからさんざん言っているんだよ。でも、警察ではどうしようもないんだよ。そもそも隣の家には男の人なんていない。今日だって、隣に行っても、閉め切りになっていて中には入れなかった。ご主人と息子さんをだいぶ前に亡くされてから、時々今回みたいなことがある。近所の人も、警察でも、取り合ってくれない。だからお寺を頼りにしてくるんだな。だからそういう時は、これでもかって位に、おばさんの望むとおりにしてやるんだよ。」
お隣の男性とはおばあさんが作り出した幻だったのです。
予想外の返答に、開いた口がふさがりませんでした。
同時に、私は「こんなお方がおられるのか。」とすっかり恐れ入ってしまいました。
一般的な事実と、おばあさんにとっての事実。
住職さんにとって、「正しさ」など、全く問題ではなかったのでしょう。
住職さんの中にあったのは、おばあさんを労わり、大切にすること、ただそれだけだったのです。
私はこの時、「嘘も方便」などという言葉では、言い尽くせない、僧侶としての凄みに触れさせて頂きました。
僧侶としての道を志す私にとってずっと、目指したい頂きとなっております。
Comments