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「浅川兄弟と泉龍寺」について

更新日:2022年4月6日




                   



旧年十二月一日の、澤谷先生の講演からすでに歳も改まり、随分日数を経てしまいました。当日のお話の概要は配布されたレジュメによって、今も、きちんと辿ることが出来るものの、ひとつひとつの項目を補足し説明していかれるお話しの滑脱な流れを、ここで紹介できないのが、まず何より残念です。迂生自身も拝聴していて、様々なイメージが協調したり連動したりして、まことに濃密豊饒な極上の一刻となりました。漠然としてしか視野の中になかった点と点が、みるみる線として結ばれ、更に線と線とが、あい交差して新しいイメージとなってふくらむ、あっという間の一時間半。途中、休憩の時間が設けられたわけですが、最後尾の座席に座り込んだまま、その自分のイメージの反芻と整理にただただ懸命でした。  そこで、そうしたお話しの中から、特に啓発せられた一点を以下に書き記しておきたいと思います。  それは、明治期のキリスト教の、地方への宣教が、鉄道の敷設とともに展開したという一面が見られるという指摘から、中央線・日野春駅、明治二十七年の開設に触れて、後年の浅川兄弟活躍の背景の一つとして観ていらっしゃった点です。  さて、翻って迂生若年の頃、小説と言ったら、何といっても、大江・安部・高橋和巳・井上光晴といった面々が、同世代から圧倒的な支持を得ていたと思いますが、どういう訳か、迂生は正宗白鳥(1879‐1962)でした。地方の旧家の、土蔵の中の、それも古色蒼然たる文庫から引き出してきたような態の小説本、そういっても、当時已に鬼籍に入っておられた御当人からはお叱りは受けなかった筈です。  中学から高校にかけての頃合い、たまたま父親の書架に並んでいた角川書店刊の『昭和文学全集』の中から、どういうきっかけであったか、『正宗白鳥集』を見出して、書中の「人間嫌い」や「日本脱出」といった小説類を幾度か読み返して実におもしろかった。勿論、当時の本は今の迂生の手元にはなく、『正宗白鳥集』に掲載されたものと、後々図書館で借り出したものとの記憶がごっちゃになってしまって、揚げた作品名は正確を欠くかもしれません。が、おもしろいものは、やはりおもしろいのであって、その辺の事情を同級の友人達にどうやって説明したものか、当時随分、思い悩んだことがあります。今回、澤谷先生の伯教(1884‐1964)さんのお話を拝聴していて、奇しくも、その頃の自分の白鳥熱を思い起こしました。  丁度、同じころまた、後藤亮という方が『正宗白鳥』という大部の評伝を著されて、その巻末に実に詳細な年譜をつけていらっしゃった。  その年譜によれば、「十六歳の白鳥(本名:正宗忠夫)が生家(岡山県和気郡穂波村)を出て、岡山の薇陽学園というミッションスクールに入学、聖書を学んで内村鑑三の著作に接して傾倒す」とあって、次いで「明治二十九年、十八歳の白鳥は、上京して東京専門学校英語専修科に入学、学業に専念する一方、教会まわりを始める」のですが、どうした訳か内村に直接師事することなく、市ヶ谷の基督教講義所、植村正久のもとに通い。翌年十九歳にて、植村の司式により洗礼を受けることになります、ところが二十三歳の折に棄教、のみならず、後年の長きに渡る文筆生活にあっても、時に瀆神的といっていい言辞を弄した白鳥ですが、昭和三十七年十月二十八日の永眠に際しては、遺志にのっとり、同月三十日、日本基督教会柏木教会において、旧師の長女、植村環師のもと葬儀告別式が執り行われたのです。白鳥自らが進んで、その八十三年の一生に決着をつけたといっていいでありましょう。  ところで、伯教さんは、文筆を生業とした白鳥のように、自らの所感や所信を文字によって表現するという術こそ持ちませんでしたが、白鳥と伯教と、両者に共通する、ある面魂のようなものを感じてなりません。 日露の戦役勃発の年の、峡北地域への鉄道の開通に伴い、中央から流入する文物や情報は、それまでとは、その量と速度において、桁外れに増大したことでありましょう。その中には勿論キリスト教の宣教もあった筈であります。伯教さんも五町田の生家で、自然に聖書に触れ親しむ機会を持たれたに違いない。そうした外来の新思潮を、しっかり受けとめるだけの受け皿が、この地、八ヶ岳南麓にも形成されてあったということでもあります。長年の渉り蓄積函養せられてきた文化風土があったればこそ、各方面に渉る後の浅川兄弟の各方面に及ぶ活躍も可能であったと受け取って良いのではないか。  以上、今回の澤谷先生のご教授に示唆を得て、朧げの昔話を交えながら一文を草しました。先生をはじめ、今回の企てに関わっていただきました各位に、あらためて甚深の謝意を捧げます。 ​​ 平成三十一年一月十五日


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